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原子力の安全規制について

歴史を学ぶ意義について色々な側面があると思いますが、そのひとつは、過去の失敗に学び、同じ過ちを繰り返すことがないように、次への教訓とすることでありましょう。福島第一原発の状況については徐々に安定してきていると言えるのだと思います。そこで、気になるのは原子力発電についての安全についてどのような体制であったのかという問題です。

1999年11月にJCOというウラン加工会社で”臨界”事故というとんでもない事故が起こりました。その際に、松沢前知事は当時、民主党の「次の内閣」文部・科学技術ネクスト大臣として、事故後の検証、そして原子力安全規制の体制について国会で大いに議論を交わしました。私は当時秘書として、国会での質問づくりサポートしていたこともあり、その時の議論をよく覚えています。今回の原子力安全委員会や原子力安全・保安院の一連の動きを見ていて、やはり松沢さんの指摘は正しかったし、その指摘が活かされなかったのが悔しい思いです。

詳しくは、平成12年8月4日の衆議院科学技術委員会の議事録を検索して頂くとわかりますが、当時、科学技術庁長官の大島理森(現自民党幹事長)と松沢しげふみ代議士(当時)のやり取りです。

主な松沢代議士の主張は、当時の通産省と科技庁にはそれぞれに原子力を推進と規制するセクションが存在して、しっかりとした安全規制へのチェックが出来ない。であれば、それぞれの役所から安全規制だけをする完全に独立させた、国家行政組織法における第3条組織(公正取引委員会のような独立機関)を設置して強力な安全規制を提案しています。こうなっていればという、たらればの話は意味がありませんが、今後の国会議論の中で同じような議論がされるのではないかと思います。

賢者は歴史に学ぶ。

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